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[HoTT]HoTTをこっそり学ぶ その3
Martin-Lfのextensional版とintensional版についてもう少し追及してみる。その後の調査では、というようなidentity typeの導入(intensional identity typeと呼ばれるそうな)があるものをintensional版と理解すればよいようである。非常に見分けやすい。ただし、identity typeが導入されていてもそのelementが常に等しくなるような理論はextensionalである。紛らわしいがそういう記述のある文献もあった(後述するUIP公理を仮定するケースである)。
さて、Martin-Lf自身の関連文献の変遷を見ると、
1972年版 "An Intuitionistic Theory of Types" (Girard's paradoxに言及あり)
1975年版 "An Intuitionistic Theory of Types: Predicative Part"
1984年版 "Intuitionistic Type Theory"
となっており、1975年版からintensionalであるとのことで確かに"1.7. Identity"にとしてintensional identity typeが導入されている。しからば1972年版はどうなっているのかとみてみると...おお、identity typeの定義が無いですよ。では、等号はどう解釈されているかというと、typeにせよproofにせよ、(文献中に定義されている)簡約化を行ったものが同じになったら等しいという定義にされている。文献中ではtypeやproofが文字つづりとして異なっていてもそれが抽象的なobjectとして等しいものを表現しているという意味でdefinitionally equalという言葉を使っている。等号はdefinitionally equalという意味となる。しかし、この理論においては propositionとしての"a=b"たとえば"2+2=1+3"といったpropositional equalityの証明が唯一しかないというUIP(Uniqueness of Identity Proofs)の公理が設定される必要があり、その場合、モデルはかなり強い制約を受けるだろう。
ところでおまけだが1972年版の1.9節にGirardのparadox(の改良版?)の説明があったので、ちょっと紹介してみよう。記法は同論文に従う。
typeの全体の集まりをtypeだと想定して、としよう。このときが成立している。さて、無限減少列をもたない順序(an ordering without infinite descending chains)を定義するためにつぎの2つのproposition ,を定義する。
type とその上の二項関係 が定義されているときに
と定義する(原論文ではがミスプリで抜けていると思われる)。これは見ての通り が推移律を満たしているという意味になっている。Martin-Lf理論ではは全称記号と解釈される。
もうひとつ
は否定 と解釈する。この意味は、(カッコの位置に注意しつつ)『自然数からへの任意の写像が与えられたとき、「全てのに対して」は成立しない』すなわち『の元の無限列に対して、減少し続けるようなものは存在しない』という解釈となる。さて、もし,が成立するならでなるようなは存在しないことがわかる。存在すると無限減少列ができてしまうからである。次になるtypeを定義する。
は存在記号、は論理積と解釈する。
の部分がわかりにくいが、2つのの順序対が与えられたときにの元、すなわちあるtypeを返す写像である。その像であるtypeのelementが存在するとき『真』、存在しないとき『偽』とする二項関係と解釈される。すると は、無限減少列が存在しないような type とその上の関係 のペア全てが成すtypeと解釈される。(の元はと書かれる規約だが以下ではと略記する。)
さて、そのものの上に二項関係を次のように定義する。
ややこしいが順に解釈してみよう。『写像とが存在して、は順序を保存し()、その像はによって抑えられている( )』となる。この定義でつまり推移律が成立しているのは見やすいだろう。
次にに無限減少列が存在しないことを証明する。仮に無限減少列が存在して、
となっているとしよう。この関係を成立させるの条件を, とする。
このとき特に、であり、この関係式に順次を作用させると
が作れるが、これは内の無限減少列を与えているので矛盾である。よってとなっていることがわかる。だんだんきな臭くなってきた。次にがの中でmaximalな元であることを示す。もしこれが示せたらだったので、が成立することになるが、これはが無限減少列をもたないことに矛盾し、結局体系そのものが矛盾を含んでいることがわかる。順序数全体が集合であると仮定すると矛盾を起こすという Burali-Forti のパラドックスと同じ論法である。無論、その原因は本家で順序数全体が順序数になってしまうのと同じようにというtypeが定義されてしまう点にあり、もし階層的なuniverseを仮定するとは一つの階層内に収まらないため定義できなくなり、この矛盾は回避されてしまうという仕掛けである。
さて、証明を完成させよう。
任意のに対して、を証明したい。この関係式を成立させるには順序を保存するを定義する必要があるが、ここにと定義する。はいわゆる切片というやつで、はの制限とする。まず、が順序を保っていることを証明しよう。
とするとかどうかが問題だが、自然な包含関係とより、この関係は成立している。また、任意のに対して は、同じく包含関係とにより成立しており、以上よりとがを成立させている。よって、はでmaximalである。