[物理学] Dirac一般相対性理論』を読んでいた

 えーと,興味が抽象的な数学から具体的な数学に移る波の途中であらぬ方向に逸れて一般相対性理論に行ってしまった今日この頃です.これにはちょっと事情があって,実はHawking & Ellis『The large scale structure of space-time』を読もう(これもまた渋いチョイス)というネット勉強会が立ち上がりつつあって,その予習のために自習でDiracを読むという段取りだったわけです.ちなみにDirac一般相対性理論』は短い(100ページちょいぐらい)ので有名なテキストですが,最初に読む本ではありませんです.とはいえ,テンソル計算の復習はできるので整理には良いのかもしれません.
 一方,Hawking & Ellisももはや古典で,特異点定理を学ぶのなら今なら Wald 『General Relativity』を読めという情報がネットにありました.まあ,そこは趣味の世界なのでH&Eでもいいかなぁと.

 Dirac一般相対性理論』に戻ると,なんと『ちくま学芸文庫』にも収録されているとのこと(ちくま文芸文庫は収録のチョイスが謎で面白い).また,ネット上でも高橋善樹さんという方が,『ディラック 「一般相対性理論」を読む』というタイトルで丁寧なノートを作っておられるので,もし本書を自分でも読みたいという奇特な方がおられたらぜひ参考にすることをお勧めします.

さて,私が本書を読んでいて二か所でハマったので,そのハマリのご紹介を.

最初は,『19. ブラックホール』である.18のシュヴァルツシルトの解でr=2mにある,いわゆる時空地平の特異性を座標変換であたかも何も特異性が無くなってしまうかの如く記述がある.Dirac先生も『特異性は解消である』とか言っているが,(19.1)で作った座標はr=2mで独立変数でなくなるため,数学的にはさっぱりである.まあ,ここはDirac先生の勘違いということで自分は納得した.そもそも計量が定義されていない点がある時点で議論に困ると思うのだが...まあ,H&Eではさすがにそういう点は最初から除外されていたはずである.

 もう一点は本当にハマったところで,『27. 物質が連続的に分布している場合の作用』である.この中の変分\delta p^\muの形を与える式(27.4)\delta p^\mu=(p^\nu b^\mu-p^\mu b^\nu)_{,\nu}の導出が納得いかなかった.先の高橋ノートでもここはそのまま使われていて参考にはできなかった.これp^\nu b^\mu-p^\mu b^\nuの部分が反対称なので自然に連続の方程式 \delta p^\mu_{,\mu}=0が出るので非常に綺麗な形をしている.それはわかるのだが,Dirac先生の説明はいかにも物理屋な説明である.
 自分でも考えてはみたものの,速度場v^\muの定義が問題で,これって本当に時空座標の関数になっているのかが疑わしい(軌道上でしか定義されていないと思う).結局『25.物質のエネルギー・運動量テンソル』節での説明がよくわからない(固有時間sは軌道を決めないと決まらない).ネット情報に救いを求めてみたのだが結構手強かった.
 しかし,数日の調査の結果ついにヒントを見つけましたよ.StackExchangeありがとう.『How to derive equation 27.4 in Dirac's "General Theory of Relativity" book?』というそのままの質問(ググってもなぜか直接出てこないが,ヒットした質問の関連質問というところに載っている)で解答には,単一の質点の運動に対してだが正確な記述があった.それによると速度場は時空座標の関数ではなく,時空座標に関連するのは質量分布m \delta^4(x-x(\lambda))の部分だけである.

p^\mu(x)=m \int d\lambda \frac{dx^\mu(\lambda)}{d\lambda}\delta^4(x-x(\lambda))

では質量が連続分布しているときはどないなんねんと思うが,速度場と言っているものが軌道依存であるので,軌道の連続分布というようなものを考えないといけないのだろうか? いや待て待て,なんやわからんが 速度場 v^\mu(x)なるものが最初から与えられているとしたら,点\hat{x}を通る軌道はdx^\mu(s)/ds=v^\mu(x(s))かつ\hat{x}=x(0)なる積分曲線であるはずである.ここにsは単なるパラメータであるが,g_{\mu\nu}v^\mu(x(s))v^\nu(x(s))=1であったから,実はsは固有時間に一致している.4次元時空のある三次元空間断面(その点を\hat{x}でパラメタライズすると考える)をs=0での始点の全体と考え,軌道をx^\mu(\hat{x},s)と書いて,

p^\mu(x)=\int d^3 \hat{x} \rho(\hat{x})\int ds \frac{dx^\mu(\hat{x},s)}{ds}\delta^4(x-x(\hat{x},s))

と拡張してみてはどうだろうか.描像としては,初期点\hat{x}にあった密度\rho(\hat{x})の物質が軌道x^\mu(s)に沿ってそのまま流れていく感じである.物質場としての疎密は\delta^4(x-x(s))を通じて,その点に近い軌道の疎密×その軌道上の密度の積分で表現されている.\rho(\hat{x})s依存性を含めていないため,先の質点の例と同じように連続の方程式 \partial_\mu p^\mu(x)=0を満たしている.変位の場をb^\mu(x)として,軌道の変位を\delta x^\mu(\hat{x},s)=b^\mu(x(\hat{x},s))と定義すれば(ただし,初期点s=0での変位は0 すなわち \forall \hat{x} (b^\mu(\hat{x})=0)は要求しておこう)あとの計算はStackExchangeと同じようなもので,\delta p^\mu=(p^\nu b^\mu-p^\mu b^\nu)_{,\nu}が出る.
 しかし,この変位で軌道の微分方程式は,

d(x^\mu(\hat{x},s)+b^\mu(x(\hat{x},s)))/ds=v^\mu(\hat{x},x(s))+\partial_\nu b^\mu v^\nu(\hat{x},x(s))

に変わっている.この右辺の長さはg_{\alpha\beta}\partial_\nu b^\alpha v^\nu(\hat{x},x(s))v^\beta(\hat{x},x(s))=0でない限り1ではない.なので変位後は左辺は速度場ではなくなっており,またsは固有時間という意味を失ってしまっている...気持ち悪っ!