演習問題その後

本業のほうで海外出張に出かけたりと忙しくてなかなか勉強は進んでいないが,ちょこちょことCGTの勉強などしている.今回はとりあえず前回の演習問題の考察である.問題を再掲する.

問題
rst を1より大きい任意の3つの整数とする.


このとき有限群Gとその元x,yが存在してxyxyの位数が各々rstとなっているものが存在することを示せ.

ずいぶんと悩んでいるのだが、まだ解けていない.実はこの問題の出典である Alperin & Bell『Groups and Representations 』Springer 1995 の前書きにはこんなくだりがある.意訳すると,「演習問題の難易度はいろいろだ.中にはgraduate studentでは歯が立たない難問も入っているが難易度の表示はしてない.だって,君が数学の本当の問題に挑戦するときに難易度表示なんて無いからね.」とのこと.で、先の問題が果たしてこの難問なのかどうかであるが,同じ問題で悩んでいる人はいないかとWebを探してみると,なんとこれが見つかったのである.


sci.math というNewsgroupでまったく同じ問題を質問している人がいて,Derek Holt氏が回答しているものであった.ちなみに恐らくこのDerek Holt氏は,(私もつい最近購入してしまった)有名なCGTの本である

Handbook of Computational Group Theory (Discrete Mathematics and Its Applications)

Handbook of Computational Group Theory (Discrete Mathematics and Its Applications)


の主著者であろう.
Holt氏の回答を意訳すると,「この問題を演習問題にするなんて驚いた.私もいい解答を探しているんだがまだ見つけていない.しかし,置換群の元としてなら解を見つけるのは困難じゃない.でも,最近 B.Suryという人がうまくいきそうなこんな解答を送ってくれた...」と以下Sury氏の解答案が示されている.置換群の元としての解答を私は探しているのだが,困難じゃないとのことでちょっと悔しいが,それでもHolt氏がいい解答だと思ってないところをみるとかなりでかい置換群の中で,計算機でごりごり求めたものなのかもしれない.


Sury氏の解答案とはこんな感じである.有限体Kを1の原始2rst乗根を含むものとする.(たとえば、2rstを割らない素数pを選んでF_pの円分拡大体をとる.この例はちょっと自信なし).SL(2,\quad K)の元X, Yを次のようにとる.
x=\begin{pmatrix}  a & 0 \\  1 & a^{-1} \end{pmatrix} ,\quad y=\begin{pmatrix}  b & c \\  0 & b^{-1} \end{pmatrix}
ここにaは1の原始2r乗根,bは1の原始2s乗根とする.このとき簡単な計算からX, Yの位数はそれぞれ2r,2sとなっている.
ここでHolt氏いわく,SL(2,\quad K)の元の位数はそのトレースで決まってしまう.ここのあたりは詳しい説明は無いが,SL(2,\quad K)の元を三角行列化したときにでてくる対角要素の位数がもとの行列の位数であり,対角要素の積は1で和はトレースの値であるため、それらはKにおける二次方程式の解として(存在すれば)唯一決まってしまう.Kの中には,1の原始2t乗根が含まれているため,すくなくとも一つは位数2tの持つような行列のトレースの値は存在する.一方、XYのトレースはab+a^{-1}b^{-1}+cであるから,cでずらしてXYのトレースの値が,先ほどの1の原始2t乗根のトレースの値になるようにすれば,XYの位数を2tとできる.以上の結果をPSL(2,\quad K)に落とし込めば,X^r=-1等々なのでPSL(2,\quad K)中ではXの位数はrYの位数はsXYの位数はtとなり,問題の解となっている.


というようなことであるが,Holt氏の話のニュアンスからするとあまり満足されていない様子である.それはきっと有限体Kの1の原始2rst乗根を具体的に計算するのが計算機的に難しいからではないかと思う.