Awodey『圏論』第8章(8.4節まで)

8.1節の後半は代数的位相幾何学からの例だが、p.211のダイヤグラムはSimplicial Complexの説明である.圏\nablaの定義は7章のどこにあったかよくわからないが、8章末の問題4に『\nablaは有限順序数とその間の順序を保つ写像』とあるのでこれを採用すればよい.一番目の図式は圏\nablaを表現したもので、たとえば1\to 2の右向きの2つの射は1の1つの元を2の2つの元のそれぞれに写像する射のことであり、2\to 1は2の2つの元を1の1つの元に写像するものである.順序を保つ写像なのでこの図で示した数だけ射がある.ところが驚くべきことに、\nabla^{op} \to Setsであるところの二番目の図式で、左向きの矢印は面写像(face map)、右向きは退化写像(degeneracy map)のそれぞれに対応しているのである.Simplicial Complexの定義のこの2つの写像が自然に出てくるのには感動した.本書はあまり幾何学の例は出さない方針のようだが、どうせ出すならもうちょっと説明してほしい気がする.


本章のメインは補題8.2の米田の補題である。何か本書で初めて証明らしい証明を読んだ気がした。自分でも手を動かして、楽しかった。それはそれとして本書全体でちょっと気になっている点が一つだけある。大したことではないのだが、F:A\to Bが反変関手だとしたとき、F:A^{op}\to Bは共変関手になるというのが普通の解釈だと思うのだが、それでも原書においては、F:A^{op}\to Bはcontravariant functorであると書いてある。訳書では気を利かせて『共変』と訳をしていると思われ、逆にてつ氏の誤訳の指摘事項にも何箇所か登場したと記憶している。原著者はどうやらF:A^{op}\to Bの"op"の表記をもって、Fが反変関手であるという表記にしていると思われるフシがある(定義2.26)ので、ある意味一貫しているとも言えるのだが、混乱を招くような気もする。


p.219の最後に『論理版の米田の補題』に関してコメントがある。命題6.19関連と思われるが、条件が抜けていて意味不明なのはそれはそれとする(てつさんの指摘参照)。示すべきは命題6.19でわざわざyと表記されている写像が米田の埋め込みと一致することである。これはほとんど自明で、Aのオブジェクトaに対して、米田の埋め込みはHom(-,a)であるが、x\le a \Leftrightarrow x\to aだったからである。


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てつさんの指摘分
http://tetsuro-memo.blogspot.jp/2016/01
でほぼ尽くされていますが、いくつか補足を。


・p.211 4行目
 誤『(単体的恒等射をみたしていて,)』
 正『(単体的恒等式をみたしていて,)』
 原文『(satisfying the simplicial identities),』

 "単体的恒等式”も訳語としては存在してはいないようですが...ともかくここは式でないと意味が通りません.


・p.219 下から7-5行目(てつさん指摘分)
 条件が抜け落ちていて、意味不明になっています。てつさん指摘に加えて、『をもつことを示す』よりも、『であることを示す』ぐらいの訳が自然かと思います。原文は確かに”has”ですが。