特別企画 小林・益川論文を読む! −その4

前回からかなり間があいてしまったが,私自身興味が他のところへ移ってしまったということもある.とはいえここで放置するのも悔しいので,論文最終ページで示唆されているように t,bを含む6重項モデルに拡張されうる(A,C)のケースの計算をフォローしてお茶を濁すことにする.このケースでは4種類の粒子のうち、4つのL成分が2つのdoubletをなし, 4つのR成分はsingletである.それぞれをL_{d1}=\begin{pmatrix}{L_{d1}^{(p)}}\\{L_{d1}^{(n)}}\end{pmatrix}L_{d2}=\begin{pmatrix}{L_{d2}^{(p)}}\\{L_{d2}^{(n)}}\end{pmatrix}R_{s1}^{(p)}R_{s2}^{(p)}R_{s1}^{(n)}R_{s2}^{(n)} と書いておく.(p),(n)の添え字は電荷QとQ-1のアサインを示す.


さて,その2で述べたようにHiggs機構に沿って,Yukawa-coupling として \bar{L_{di}}\varphi R_{sj}^{(n)} (およびそのhermitian conjugate)を導入する.ここに\varphi=\begin{pmatrix}{\varphi^{+}}\\{\varphi^0}\end{pmatrix}はHiggs場である.2重項の上下の項の電荷はそれぞれQ,Q-1で、R_{sj}^{(n)}はQ-1とアサインしてあるので,Higgs場の上成分の電荷は+1、下は0である(\varphi成分の添え字はそれを示すように振ってある).さらに{L_{di}}R_{sj}^{(p)} の組み合わせについては、論文では\bar{L_{di}}\epsilon\varphi^{*} R_{sj}^{(p)}となっている.ここで\varphi^{*}は,先に導入したHiggs場\varphi複素共役である。理論上はこの組み合わせに別のHiggs場を導入してもかまわないわけであるが,これは導入するHiggs場を最小限にしようという発想である.ゆえにこのモデルはMinimalなWSモデルと称されている.この項については,\epsilon\varphi^{*}という組み合わせになっている点を以下に補足しておきたい.


 ここで導入したHiggs場は時空の対称性(ローレンツ群)から見るとスカラーなので,このひねり部分はそこに起因するものではなく,純粋にSU(2)の基本表現に依るものである.基本表現 \varphi \mapsto A\varphi で,複素共役をとると\varphi^{*} \mapsto A^{*}\varphi^{*}という対応となるが,A^{\dagger}=A^{-1}およびdet{A}=1から,\epsilon A^{*} \epsilon^{-1}=Aが導けるため,\epsilon\phi^{*} \mapsto \epsilon A^{*}\varphi^{*}=\epsilon A^{*}\epsilon^{*}\epsilon\varphi^{*}=A\epsilon\varphi^{*}となる.これは\epsilon\varphi^{*}がまた基本表現に従って変換されることを意味している.このことはゲージ群SU(2)の特別の事情であり,SU(3)などでは同じようにはならない.
論文中では \varphi^*=\begin{pmatrix}{\varphi^{-}}\\{\bar{\varphi}^0}\end{pmatrix} と書かれているが,\varphi^{-}=\bar{\varphi^{+}} である.


さて,Higgs機構に沿って\varphi=e^{i\phi_i \tau_i}\begin{pmatrix}{0}\\{\lambda+\sigma}\end{pmatrix}とする.ここで\varphi^0真空期待値を0でないとして,対称性を破るわけであるが,これは電荷保存法則は破れていないという物理的な事実から電荷が0の\varphi^0しか0でない真空期待値を持ち得ない(そうでないと真空が電荷を持ってしまうのでまずい...らしい)という理屈がある.このように対称性を破ると以下の計算では,\varphi^+=0, \varphi^-=0, \varphi^0=\lambda+\sigma, \bar{\varphi}^0=\lambda+\sigmaとすればよいことになり,
\mathcal{L}_{mass}=\sum_{i,j=1,2}[M_{ij}^{(n)}\bar{L_{di}}\varphi R_{sj}^{(n)}+M_{ij}^{(p)}\bar{L_{di}}\epsilon\varphi^{*} R_{sj}^{(p)}]+(エルミート共役の項)
=[M_{11}^{(n)}\bar{L_{d1}^{(n)}}R_{s1}^{(n)}+M_{11}^{(p)}\bar{L_{d1}^{(p)}}R_{s1}^{(p)}+M_{12}^{(n)}\bar{L_{d1}^{(n)}}R_{s2}^{(n)}+M_{12}^{(p)}\bar{L_{d1}^{(p)}}R_{s2}^{(p)}+M_{21}^{(n)}\bar{L_{d2}^{(n)}}R_{s1}^{(n)}+M_{21}^{(p)}\bar{L_{d2}^{(p)}}R_{s1}^{(p)}+M_{22}^{(n)}\bar{L_{d2}^{(n)}}R_{s2}^{(n)}+M_{22}^{(p)}\bar{L_{d2}^{(p)}}R_{s2}^{(p)} ](\lambda+\sigma)+(エルミート共役の項)
となる.

このごちゃごちゃっとした部分が質量項なのであるが,現実の粒子はm \bar{\phi}\phi=m(\bar{\phi_L}\phi_R+\bar{\phi_R}\phi_L)という形になっていなければならず、これを質量マトリクスが対角化されている状態すなわち質量固有状態という。質量固有状態にするにはL_{di}等々の混合を作らねばならず、これがいわゆる弱い相互作用における混合、あるいは『弱い相互作用の傾いた骨組み』(南部洋一郎 著 『クォーク講談社 より)である.

対角化を実行するにあたって,電荷の異なる粒子は混合されないので(質量固有状態は電荷固有状態でもある),電荷別に
q_{(a)}=\begin{pmatrix}{R_{s1}^{(a)}\\R_{s2}^{(a)}\\L_{d1}^{(a)}\\L_{d2}^{(a)} \end{pmatrix} \quad \bar{q_{(a)}}=\begin{pmatrix}{\bar{L_{d1}^{(a)}} \quad \bar{L_{d2}^{(a)}} \quad \bar{R_{s1}^{(a)}} \quad \bar{R_{s2}^{(a)}}  \end{pmatrix} (ここに a=p,n) と定義すると,

質量項は \bar{q_{(a)}}\begin{pmatrix} M_{11}^{(a)} &  M_{12}^{(a)}  & 0 & 0 \\  M_{21}^{(a)} &    M_{22}^{(a)} & 0 &   0  \\ 0 & 0 & \bar{M_{11}^{(a)}} & \bar{M_{21}^{(a)}} \\  0   &   0 & \bar{M_{12}^{(a)}}  & \bar{M_{22}^{(a)}} \end{pmatrix}q_{(a)} の a=p,n の項の和になる.
この左上のブロックを対角化する2x2のunitary行列をS_{(a)},つまり
S^{\dagger}_{(a)}\begin{pmatrix} M_{11}^{(a)} &  M_{12}^{(a)} \\  M_{21}^{(a)} &    M_{22}^{(a)} \end{pmatrix}S_{(a)}=\begin{pmatrix} m_{1}^{(a)} & 0 \\  0 &  m_{2}^{(a)} \end{pmatrix}とすると、S_{(a)}は同時に右下のブロックも対角化するので(物理的要請からm_{i}^{(a)}等は実数であるとするので複素転置をとればよい)
\begin{pmatrix} S_{(a)} &  0 \\  0 &  S_{(a)} \end{pmatrix}なる行列で全体が対角化できる.この形から分かるようにq_{i}^{(a)}=\begin{pmatrix} R_{si}^{(a)}\\ L_{di}^{(a)} \end{pmatrix}と置き、\begin{pmatrix} q'_1^{(a)}\\ q'_2^{(a)}\end{pmatrix}=S^{-1}_{(a)} \begin{pmatrix} q_1^{(a)}\\ q_2^{(a)}\end{pmatrix}とすると、q'_i^{(a)}は質量マトリクスを対角化し、質量m_i^{(a)}を持つ粒子であることが分かる.
論文との対応は (p\quad n \quad \zeta \quad \lambda)=(q'_1^{(p)} \quad q'_1^{(n)} \quad q'_2^{(p)} \quad q'_2^{(n)})とすればよい. (ちなみに論文の式(3)では\lambdaが二箇所でてきてconfusingだが,qに出てくるのはラムダ粒子の場で,質量項の係数にでてくるのは\varphi^0真空期待値である.)


さて,問題は上記のS_{(a)}による混合がゲージ場と物資場の相互作用項にどう現れるかである.
が,この計算をかっこよくやろうとしてうまくいかず放置していたのである.