特別企画 小林・益川論文を読む! −その2

今回の予備知識編はCP対称性についてである.C対称性のCとは,Charge Conjugate(荷電共役変換)のことで,粒子⇔反粒子の入れ替えである.P対称性のPとは,Parity(鏡像変換)のことで,空間座標反転x\to -xであると俗に説明されているが,実際のところはもうすこしややこしいものがある.物理量の表記で使われる時空間座標の添え字\muは,上付きと下付きが区別されていて,計量を\eta_{\mu\nu}=\eta^{\mu\nu}=diag(1,-1,-1,-1)とするとき,Parity変換は時空間座標の添え字の上付き下付きを入れかえる操作になる.たとえばP:\partial_\mu \mapsto \partial^\muとなるが,これは\partial^\mu=\sum_\nu \eta^{\mu\nu}\partial_\nuであったから,P:(\partial_0,\quad \partial_1,\quad \partial_2,\quad \partial_3)\mapsto (\partial_0,\quad -\partial_1,\quad -\partial_2,\quad -\partial_3)と確かに空間座標反転になっている.ただ話がこれだけですまないのはフェルミオンを記述する場の場合で,スピノル算などの背景をすっとばして結果だけを述べれば,フェルミオンクォークレプトンもこれである)の場\Psiを記述するには4成分が必要で,それらは2つづつのペアで右巻き\Psi_Rと左巻き\Psi_Lと呼ばれる成分からなり,\Psi=\begin{pmatrix}{\Psi_R}\\{\Psi_L}\end{pmatrix}という表記となる.このときParity変換は\Psi_R\Psi_Lの入れ替え操作を含む.たしかにややこしいのではあるが,一つだけ例示してみる.
フェルミオン\Psiに対するDirac方程式 (-i \not\partial +m)\Psi=0を考える.ここに\not\partial=\sum_\mu\gamma^\mu \partial_\muで,ガンマ行列 \gamma^\mu4\times 4の複素行列で反交換関係\{\gamma^\mu,\quad \gamma^\nu\}=\gamma^\mu\gamma^\nu+\gamma^\nu\gamma^\mu=2\eta^{\mu\nu}を満たしている.
(具体的な形は,パウリ行列 \sigma_1=\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix},\quad \sigma_2=\begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix},\quad \sigma_3=\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}を使って,\gamma^0=\begin{pmatrix}0&I\\I&0\end{pmatrix},\quad \gamma^i=\begin{pmatrix}0&\sigma_i\\ -\sigma_i&0\end{pmatrix}である.
さて,Dirac方程式にParity変換を施すことを考えると,\Psiに対しては,P:\Psi \mapsto \gamma^0 \Psiとなっている.一方,\not\partialの部分は\sum_\mu\gamma^\mu \partial^\mu=\gamma^0 \partial_0-\gamma^1 \partial_1-\gamma^2 \partial_2-\gamma^3 \partial_3=\sum_\mu \gamma^0 \gamma^\mu \gamma^0 \partial_\mu=\gamma^0 \not \partial \gamma^0(反交換関係を使った)であるから,P:(-i \not\partial +m)\Psi \mapsto (-i \gamma^0\not\partial\gamma^0+m)\gamma^0\Psi= \gamma^0 (-i \not\partial +m)\Psiとなるため,方程式(-i \not\partial +m)\Psi=0はParity変換で不変であることがわかる.


さて,次にカイラル(chiral)対称性について.フェルミオンの右巻き左巻きという区別は時空間の構造(ローレンツ変換による不変性)から来ているものであるため,時空間とは関係のない別の対称性(たとえばゲージ対称性)がある場合,その作用はR成分間あるいはL成分間をそれぞれ個別に混合するものとなる.これは,対称性(つまり群)の表現と見たとき,R成分とL成分がそれぞれ別の(ユニタリ)線形表現となっているということになる.群論の言葉では直和表現である.つまりそれぞれ2つの表現をR(g)L(g)とするとき,群の表現は(gのそろった)R(g)\oplus L(g)である.さてここで、Lの方だけヒネった作用(Lに対してはcontravariantな表現になってしまうが...)R(g)\oplus L(g^{-1})を考えて,この作用でも理論が対称性を持つ場合をカイラル対称性があると呼ぶ.カイラル対称性のある理論ではラグランジュアンには質量項は存在しない.それは質量項がm\bar{\Psi}\Psi=m(\bar{\Psi_L}\Psi_R+\bar{\Psi_R}\Psi_L)という形で含まれるため,R(g)\oplus L(g^{-1})で不変とならないからである.また,先に述べたようにR成分とL成分がある対称性のそれぞれ別の線形表現になっている場合をchiral theory、同じ表現になっている場合をvector theoryと呼ぶようである.QCDはvector theoryで、WS理論はchiral theoryである.chiral theoryでは,やはり質量項が不変にならないためラグランジュアンには質量項は存在しない。ただし、だからといってその理論が記述する粒子の質量が全部ゼロなのかというとそうでもない.そこで使われるのがゲージ対称性を破って質量項を生み出すHiggs機構というカラクリである.Higgs機構の詳細に立ち入ることは私の手に余るが,大まかに述べると,
1) まずゲージ群の作用を受けるスカラー\phi(Higgs場)を導入する.
2) 運動項(\partial^\mu \phi)(\partial_\mu \phi)とポテンシャル項V(|\phi|)ラグランジアンに含める.
 ここでポテンシャル項をゲージ不変かつ|\phi|\neq 0のある場所で最小値を取るようなものを設定しておくのがミソである.
3) 物質場とHiggs場のゲージ不変な相互作用項を導入する.(Yukawa-couplingという形で、\bar{\Psi_L}\phi\Psi_Rが代表的)
4) 上のラグランジアンにゲージ場を導入する.(するとゲージ場とHiggs場,ゲージ場と物質場との相互作用項ができる.)
以上までが準備で,
5) 2)の最小値vの周りで\phiを展開して,\phi(x)=g(x)(v+\eta(x))と新しい場\eta(x)を導入する.ここにg(x)はゲージ変換である.
6) \eta(x)ラグランジアンを書き直す(ゲージ不変性があるので,\phiv+\etaに置き換えればよい)と,ゲージ場とHiggs場の相互作用項からゲージ場の質量項,3)のYukawa-couplingから物質場の質量項が出てくる.

ステップ2)と5)で怪しげなことをしているわけである.2)は俗に\phi真空期待値が0でないつまり,ポテンシャルのおかげで\phi粒子が一つもない状態というのが,いくつか存在する状態のエネルギーより高くなっているため,エネルギー最低という真空状態でも\phi粒子がいくつか存在する事態になっている(|\phi|=v). しかし,そういう状態はゲージ不変性よりいくつもあるのだが、量子論を展開するには(どれでもいいから)その一つ真空として選ぶ必要がある.ところがいったんその真空を選んでしまうと,もはやゲージ不変性は成り立たなくなる.これを自発的対称性の破れと呼んでいる.また、5)でやっている展開はその真空からズレとしての場\etaを導入しているのである.さらにここでゲージ変換の自由度を消し去ることで物理的に意味のある量としての\etaを取り出すという操作も行っている.WS理論で使うゲージ場SU(2)の(実)次元は3であり,Higgs場として導入されるのは基本表現(2重項)であるので,その自由度は複素2次元つまり実4次元で,その差は4-3=1となるが,このことを"three massless components of \phi can be absorbed into the massive gauge fields and eliminated from the Lagrangian" とKM論文では表現されている.

予備知識編だけで長くなったので,続きはまた...