特別企画 小林・益川論文を読む! −その1(以下続くのか?)

南部氏,小林氏,益川氏のノーベル賞受賞を記念して,京都大学ではその受賞理由となった1973年の論文をPDFで流している.
"CP-Violation in the Renormalizahle Theory of Weak Interaction"
見るとたったの6ページである.これはひょっとしたら読めるのではないかというひどい思い上がりに助けられて読み始めてみた.
...しかし,やっぱりよく分からんことがいっぱいである.せっかくいろいろ調べたので最初にすこし素粒子論のイントロを加えてこのブログに乗せてみることにした.
まあ,群論とまったく無関係というわけではないが,すくなくとも有限群論とは関係がない.しかし,そこはモンスター群と物理学の関連ということで無理やり納得していただきたい.
内容については,なるべくボロが出ないようにがんばったが,所詮,畑違いではあるので読者諸兄のご批判を仰ぎたい.

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物理学では物質を構成するクォーク核子をつくる)とレプトン(電子の仲間)とそれらの間に働く4つの力が存在するとされている。4つの力とは,

 ・電磁力
 ・強い力(強い相互作用
 ・弱い力(弱い相互作用
 ・重力

である.このうち,電磁力と重力は日常生活ではなじみ深いものではあるので,残り2つの力(相互作用)について簡単に解説をする.
強い力とは,原子核核子)を作る力である.原子核が陽子と中性子の集まりであること良く知られているが,考えてみればプラス電荷を持って反発しあう陽子が,原子核という非常に小さな(10^{-12}cm)空間の中にどうやって押し込められているのか不思議ではないだろうか? この陽子(と中性子)をくっつけている力が強い力である。”強い”というのは電磁力に対してである.力の到達距離は10^{-13}cmと短いが,このスケールでは電磁力の100倍程度の強さを持っている。

弱い力のほうはなかなかいい説明を知らないが,中性子が電子を放出して陽子に変化する\beta^-崩壊,陽子が陽電子を放出して中性子に変わる\beta^+崩壊,また陽子が電子を吸収して中性子になる電子捕獲という現象などが知られており,これらの変化を媒介する力が弱い力である.この”弱い”というのは電磁力に対してである.力の到達距離は10^{-16}cmとさらに短く、このスケールでは電磁力の1000分の1程度である.弱い力が他の力と根本的に異なるのは,この力が物質を構成しているクォークの種類(フレーバー)を変えうるという点にある.

4つの力のうち重力に関しては扱いに差があるので,ここでは除外しておく.ちなみに素粒子の標準理論と呼ばれるモデルでも,重力を除く3つの力と物質を構成するクォークレプトンとの相互作用を記述している.

それぞれの力を媒介する場(4次元=空間3次元+時間1次元の物理空間に分布する複素ベクトルあるいはスカラー関数)を想定するのだが,これらはすべてゲージ理論という枠組みの中で構成される.ゲージ理論はまず物質場であるクォークレプトンの間に対称性を仮定することから始まる.対称性とはある力を考えたとき,それらの粒子に対する力の働く強さがどれも同じで区別できない多重項ををなしているということである.これらの多重項を混ぜ合わせる変換群をゲージ群と呼ぶ.時空の各点ごとにゲージ群による作用を施しても物資場を記述する場の方程式が不変となるという要請を置くのがゲージ理論である.

さて,N重項\Psiへのゲージ群Gの作用(つまりはある複素線形空間へのG作用)\Psi \to g\Psiを考えたとき,もしGがユニタリ行列なら,\Psi^{\dagger}\Psiなどは不変である.ところが\Psiは時空間の座標xの関数であり,場の方程式にはその微分\partial_\mu \Psiが含まれるが,gも時空間の座標の関数であるため,\partial_\mu (g\Psi)=(\partial_\mu g)\Psi+g(\partial_\mu \Psi)となり複雑な変換を示してしまう.しかし,ここにN×N複素行列に値を取るゲージ場A_\muをゲージ群の作用に対して,A_\mu \to gA_\mu g^{-1}+g\partial_\mu (g^{-1}) と変換されると定義して,D_\mu=\partial_\mu+A_\muとすると余分な項が消しあって,
D_\mu \Psi \to (\partial_\mu gA_\mu g^{-1}+g\partial_\mu (g^{-1}))(g\Psi)=g(\partial_\mu \Psi)+gA_\mu\Psi=g(D_\mu\Psi) となり微分D_\mu \Psiに対しても\Psiに対する作用と同じ形に回復する(これは微分幾何でのベクトル束の接続の概念と同一である).
このようにゲージ不変性を保つために導入されたゲージ場A_\muが多重項に働く力を記述すると考えるのがゲージ理論である.


さて,前説はこれぐらいにして,KM論文に入ってみる.

KM論文で主張されていることは大きく3つあって,

  1. 強い相互作用を記述するquartet model(つまり4重項モデル)では,何か別の物質場を導入しないかぎり,弱い相互作用によるCP対称性破れを説明できるような繰込み可能な理論は存在しない.(つまりそのままのquartet modelはだめだと言っている.)
  2. quartet model+余分なスカラー場で,CP対称性を破りかつ繰込み可能な理論が存在する.
  3. 6重項モデルならば,CP対称性を破りかつ繰込み可能な理論が存在する.

である.しかし全6ページの論文のうち、t,bクォークを予言したとされる3つめの主張は,最後のたった半ページに概略が書いてあるだけなのである!

KM論文の発表された当時はまだ c クォークは発見されていなかったが,強い相互作用の quartet modelとは,坂田モデルの拡張で,p,n,λ,ζを基本粒子とするものである.最後のζというのはよく分からないが,このquartet modelそのものは今では歴史的な意味しかない.しかし,(恐らく)これを u,d,s, c クォークと読み替えることができて,弱い相互作用の実験的事実からの縛りである"strangeness changing neutral current"の問題が解消されているひとつのmodelであるといえる(たぶん...GIM機構といわれるメカニズムによってだと思われる). 話が前後するが,"strangeness changing neutral current"の問題とは現代では"flavor changing neutral current" FCNC と言われ,電荷を変えずにフレーバ(クォークレプトンの種類)を変えるような反応,たとえばd が sに変わるような反応はかなり稀にしか起こらないことが実験で示されており,モデルとしてはこの事実に適合しなくてはならないのである.いずれにせよここでのquartet modelの4重項はフレーバ間の対称性であるわけだが,QCDを知っている現在の立場から言えば,強い相互作用はまったく別のカラーと呼ばれる3重項のゲージ理論から説明されるものであり,ここでの4重項の対称性は強い相互作用に対応するゲージ場ではないのである.とはいえ実際のところ,このquartet modelの詳細はまったく関係がなく,以下の議論では単にクォークが4つしかないとしたら?という点だけが重要なのである.そしてさらに次の2つの条件が加えられている.
a) 4つめのζの質量(cクォークの質量と言い換えてよい)は十分大きい
b) semi-leptonicな反応の実験結果と合うこと
もちろんこの2つの条件のもとで,CP対称性を破りかつ繰込み可能な理論が存在するのかという点を議論するのである.
条件b)であるが semi-leptonicな反応とは,反応の前後でレプトン一つだけ現れるもの,つまり反応でレプトンが一つ消えるか,一つだけ出てくるような反応である.たとえば中性子の陽子への崩壊では結果として電子がひとつ出てくるのでsemi-leptonicである(蛇足ながら...2つのレプトンが関与する反応はleptonic,まったくの反応前後に現れないのはnon-leptonicあるいはhadronic).

以上が大体1ページ目である.(以下続く?)