Awodey『圏論』第9章(9.6節の途中から)


では、命題9.16を詳細に見ていく。

まず、任意のP\in Sets^{{\bf C}^{op}}に対して、関手の自然同型\lim_{\vec{j\in J}}yC_j \simeq Pの構成の復習から。自然同型であること示すのには、補題7.11から各々の対象上で同型であることを示せばよいので、\lim_{\vec{\quad j\quad}} Hom(D,C_j)\simeq P(D)となっているかが問題となる。


添え字圏は命題8.10で構成されており、対象は対j=(x,C) (where\quad x\in P(C))である。自然変換yC_j \to Pは任意の対象Dに対して、Hom(D,C)\to P(D)\psi \in Hom(D,C)に対し、P(\psi)(x)\in P(D)と定義されている。念のためだが、この定義が自然変換の定義を満たしていることは、射f:D\to D'に対して、


\begin{matrix} & \quad Hom(D',C) & \to & P(D') \\ f^{*} & \downarrow & & \downarrow & P(f) \\ & Hom(D,C) & \to & P(D)  \\ \end{matrix}


が可換であることを確認する必要があるが、\psi \in Hom(D',C)に対し、P(f)(P(\psi)(x))=P(\psi \circ f)(x)であるからOKである。


次にこの射が左辺の余錐の構成とコンパチになる、すなわち添え字圏の射h:(x',C')\to (x,C)に対して、


\begin{matrix} & \quad Hom(D,C) \\ h_{*} & \downarrow & \searrow \\ & Hom(D,C') & \to & P(D) \\ \end{matrix}


の可換性を示す。\psi \in Hom(D,C)に対し、P(h\circ \psi)(x))=P(\psi)(P(h)(x))=P(\psi)(x')(ここで 添え字圏での条件 P(h)(x)=x'を使った)なのでOKである。これにより、余極限の普遍性から


普遍射 \lim_{\vec{\quad j\quad}} Hom(D,C_j)\to P(D)


が存在する(左辺の余極限は、集合の圏の中の話なので常に存在する)。まず、この普遍射は全射である。それは 任意のx\in P(D)が左辺の添え字 j=(x,D)と恒等射1_D\in Hom(D,D)から、x=P(1_D)(x)となっているからである。次に単射を示す。左辺の任意の代表元 j=(x,C),\psi\in Hom(D,C)y\in P(D)写像されたとする。すなわちy=P(\psi)(x)。この条件はまた添え字(y,D)に対して、\psi:(y,D)\to (x,C)が添え字圏の射である条件ともなっていて、かつ{\psi}^*:Hom(D,D)\to Hom(D,C)1_D\psi写像することから、像がyである代表元は全て1_D \in Hom(D,D)から来ていることになるため、余錐の定義からそれらはすべて余極限の中では一つの元を代表している。すなわち上の普遍射が単射であることが示されたので\lim_{\vec{\quad j\quad}} Hom(D,C_j)\simeq P(D)である。厳密には対象Dに対する自然性を示す必要があるが、射f:D\to D'に対して、下の可換図式を考慮しつつHom(D',C)のCに関する余極限の普遍射を\lim_{\vec{\quad j\quad}} Hom(D,C_j)に入れればよい。


\begin{matrix} & \quad Hom(D',C) & \to & P(D') \\ f^{*} & \downarrow & & \downarrow & P(f) \\ & Hom(D,C) & \to & P(D)  \\ & \downarrow & & \parallel &   \\ & \lim_{\vec{\quad j\quad}} Hom(D,C_j) & \to & P(D)  \\  \end{matrix}


さて、やっと定義F_!(P)=\lim_{\vec{\quad j\quad}}F(C_j)の話になる。テキストで読者への宿題となっている 射の上のF_!の定義の構成を実行してみよう。射(自然変換)\phi:P\to P'に対して、F_!(\phi):F_!(P)\to F_!(P')を定義したい。


まず問題は添え字圏である。PとP'では添え字圏が異なっているのである。しかし、\phiがあるので、\phi(C):(x,C)\:\vdash (y,C)y=\phi(C)(x)で定義することができる。しかもうまいことにこの定義はそれぞれの添え字圏の射の条件とコンパチとなっており、関手にできる。これを確かめてみる。Pでの添え字圏の射h:(x',C')\to (x,C)があったとき、対応するのはh:(\phi(C')(x'),C')\to (\phi(C)(x),C)であるが、P'(h)(\phi(C)(x))=\phi(C')(P(h)(x))=\phi(C')(x') (ここで\phiが自然変換である条件と、x'=P(h)(x)を使った)とP'での添え字圏の射の条件を満たしている。つまり、関手

\phi:\int_{\bf C} P\to \int_{\bf C} P'

が定義できていることになる。関手の合成は関手なので、\int_{\bf C} P'の図式は\phiと合成することで \int_{\bf C} Pの図式を与えることになる。
余錐 F(C_{j'})\to \lim_{\vec{\quad j'\quad}}F(C_{j'})= F_!(P')から 余錐 F(C_j) \to F(C_{\phi(j)})\to F_!(P') が作れるので、余極限\\lim_{\vec{\quad j\quad}}F(C_{j})=F_!(P)の普遍性から、ユニークな射F_!(P)\to F_!(P')が存在することがわかる。これがF_!(\phi)の定義である。(射の合成に関する関手の条件が満たされるのは余極限の普遍性の条件からほぼ自明である。)


続けて、F_! \circ y \simeq Fを示す。左辺を対象D上で評価するとき、yDの標準余極限は、添え字圏(x,C) \quad(where\quad x\in yD(C)=Hom(C,D)に対して、\lim_{\vec{j\in J}}yC_j \simeq yDで与えられる。するとF_!の定義より、F_!(yD)=\lim_{\vec{j\in J}}F(C_j)となる。\lim_{\vec{j\in J}}F(C_j)\simeq F(D)を示す。F(C_j) \to F(D)F(x)と定義すると余錐となっているので、余極限の普遍性から\lim_{\vec{j\in J}}F(C_j)\to F(D)が入るが、ちょっと前にやった論法と同じようにj=(1_D,D)のところで全単射となっているので、同型射であることがわかる。よって、F_! \circ y \simeq Fが示された。さて、ここで注意を一つ。F_! \circ y = Fではないのである。それはちょうど上の議論で\lim_{\vec{j\in J}}F(C_j)\varepsilonの中で数ある余極限の同値類からぴったりF(D)に指定されているとは限らないということである(多分、一般的にそうはできない)。まったくの蛇足だが、『ならば最初から同値関係で割ったモノを考えておけばF_! \circ y = Fと図式が可換になって、ステートメントがすっきりする』と考えたくなるかもしれない。しかし、例をあげると、有限生成群というような比較的単純な構造なものでも、2つの有限生成群が同型であるかどうかを判定するアルゴリズムが存在しないことが証明されているので、『同値関係で割ったモノ』はたいていは具体的な計算方法を持たないワイルドなモノである。油断大敵である。

テキストに従って、逆向きの関手 F^*:\varepsilon \to Sets^{{\bf C}^{op}}E\in \varepsilon(対象の意)に対して F^*(E)(C)=Hom_{\varepsilon}(FC,E)と定義する(射の合成に対する関手の分解の性質はFとHomのそれよりほぼ自明である)。F_! \dashv F^*の証明のための図式は
\frac{F_!(P)\to E}{P \to F^*(E)}
であり、証明はテキストのとおりである。


系9.17の証明の補足。p.259の真ん中の式
F^*(Q)(C)\simeq f^*(Q)(C)
により、F^* \simeq f^*の証明は終わっている(補題7.11)。次の行は、F_! \dashv f^*のミスプリかとも思ったが、原文もそうなっており、どうやらf_!=F_!は自由に読み変えろというようである。次の『f_*に対して』は誤訳というか文脈が理解されてないような訳であって、原文は『For f_*』。そう訳したくなるのはわかるが、『f_*を定義するには』というような意味である。f_*は以下に定義されるのである。


最後の方の議論は 図式
\begin{matrix} & \quad Sets^^{{\bf D}^{op}} & \to^{f^*} & Sets^^{{\bf C}^{op}} \\ \quad_{y_D} & \uparrow & \quad\nearrow & \quad_{f^*\circ y_D} \\ & {\bf D}   \\ \end{matrix}
を考えていて、\varepsilon = Sets^^{{\bf C}^{op}}として命題9.16を適用すると{(f^*\circ y_D)}_!f^*がともにこの図式を(同型除いて)可換にする。f^*が余連続であれば、命題9.16の後半(証明中にははっきり述べれられているようなないような感じはあるが、F_!の構成から言える)F_!の唯一性から、{(f^*\circ y_D)}_! \simeq f^*となる。


さて、最後にKan拡張に関する蛇足を少々。Mac Lane本の10章の7節のタイトルにこうある。

『All Concepts Are Kan Extensions』 (すべての概念はカン拡張である)


おお! ってカテゴリー屋さんはこういう物言いが好きだねぇ。Mac Lane本ではもっと一般的な記述があるようだが(ぱっとそこだけ見ても内容わからん)、同書のコメントによると、本テキストのKan拡張の記述はKanのオリジナル論文のもののようである。