吉本・中村『現代意味論入門』をこっそり読んだ

私が記号論理学を勉強している一つの理由は言語の理解への応用である。まあ、いろいろつまみ食いをしているわけであるが、ちょっとまえに手を出していたチョムスキーも現代的な立ち位置がいま一つわからんまま(ミニマリストさっぱりわからず)で他の手法をごそごそと探求しているのである。その中でも記号論理学的なテイストがかなり強いMontague文法を勉強してみようと、

形式意味論入門―言語・論理・認知の世界

形式意味論入門―言語・論理・認知の世界

に手を出してみた。練習問題の丁寧な回答もあり、著者の情熱が伝わるいい本だと思ったが、多少数学的にはごちゃごちゃしている箇所もあり、途中からは流し読み(白井先生、すいません)。後ろのほうには『ディスコース表示理論』が紹介されており、当時としてはかなり新しい理論であったはずだ。ただ、数学本と違って、この手の理論には浮き沈みがある。本書は30年以上前の本なので、気になるのは果たしてこれらの理論はどれぐらい現代に生き延びているのかという点である。そこで文献を探してみたところ、

現代意味論入門

現代意味論入門

を見つけて、さっそく読んでみた。確かにタイトルの入門書という通り、6章までの基礎パートは、すごく丁寧であり、正確である。特に5章の記述が素晴らしい。p.107の後ろのほうに、本ブログでもこっそり読もうとして諦めた”Peters and Ritchie”(生成言語学をこっそり学ぶ(その1))あげられていてドキッとしたが、なるほど『1型や2型に変形を加えると0型になる』という意味だったのか。確かに、この結果はチョムスキー先生のお気に召さないわけである。演出過剰な表現で言うと、この時点で変形文法は死んでしまっている。
さて、7章でモンターギュ意味論に突入したのはいいが残り70ページである。これはさすがに尺が足りない。それでも記述は丁寧であり、白井本で理解が及んでいなかった箇所がいろいろわかって、予習してあった甲斐があった(時間の概念を省いただけ本書のが簡単になってます)。ただまあ、この章だけではモンターギュ意味論を道具として使えるというには心もとないし、そもそも著者らが本書の(どこかで)述べていたように現代理論はモンターギュ意味論をベースにしつつさらにその先に行っているとのこと。その例として本書でもダイナミック意味論のうち、ダイナミック述語論理とディスコース表示理論が紹介されている。もちろん紹介程度なので短すぎてどうこうという批判ができるわけではないが、複数の文に対して、解釈レベルで拡張しようという心意気はなんとなくわかったし、面白いと思った。ただ、記号論理的にはダメっぽい。問題と思ったのは p.220あたりにあるロバ文\exists xP(x)\to Q(x)の扱いである。これを\exists yP(y)\to Q(x)と束縛変数を置き換えると途端に解釈がおかしくなる。それもそのはずで、\exists xP(x)\to Q(x)xを勝手に書き換えると、後段の文のロバとと前段の存在するとされるロバの参照が切れてしまうのである。これはつまり束縛変数の表記に意味を持たせているのであって、通常の記号論理での扱いとは異なっている。こんなことをするぐらいなら、いっそのことタブローでやるようにスコーレム定数でP(x_0)\to Q(x_0)としてしまったほうがましだと思う(脳内での言語処理は意外にタブローを使ってのかもしれない)。ただ、全称記号の変数は後段で参照できないという言語現象はどう扱うか... まー個人の感想ですが、このあたり数学の道具のほうがまだ追い付いていない感じはあります。
本書の最終章は解説付き文献案内があり、大変ありがたい。たまたまGamutを以前に購入して積読状態だったので、今1巻から読み始めている。もし、2巻の最後までたどり着いたら、ディスコース表示理論についてももう少しは正確なことが言えるようになると思う。こうご期待(何年後になるかはわからないですが...)。